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剣道具製作のこだわり

剣道の世界普及を目指し大会の裏方として貢献

8月末にブラジルで世界剣道選手権大会が開催された。この大会は3年に一度行われ、今回で14回目を数える。世界38カ国以上が参加し、剣道のオリンピックともいわれている。そして、この大会を第1回からさまざまな形で協力してきたのが廣栄武道具だ。

 同社はこれまで、各国へ剣道具や竹刀の提供をはじめ、修理や手入れの方法を指導するなどさまざまな形で貢献してきた。今回の大会においても、世界の出場選手の多くが同社の製品を愛用していた。
「日本の武道を通して、文化交流を図ろうと考えてきたんです。武道は戒めを止めるという平和精神がその根本にあり、武道を学ぶことは、人間形成にとって大きな価値を持つことなのです。そのために、チェコのプラハ大学に剣道部を開設するに当たって、剣道具や竹刀を寄贈しました。また、ロシアでも第一回剣道大会のスポンサーを務めたり、いろいろなことをやってきました」と四代目の廣野美次社長は話す。

その結果、これまでに各国の剣道関連の協会から数多くの感謝状をもらっている。文字通り、世界の剣道の発展は廣栄武道具抜きでは語れないといってもいい。廣野社長もその思いは強く、同社の製品に絶対的な自信を持っている。
「剣道具を材料からつくれるメーカーはうちしかありません。竹刀や胴にしても、竹林からそれにふさわしい竹を切り取ってきてつくっています。ほかのメーカーは分業体制で行っていますが、わが社は一貫生産です」

同社の創業は明治20年。以来120年以上にわたって、剣道具や武道用品などをつくってきた。廣野社長によると、剣道具は明治後半から大正時代にかけて完成したとのことだ。つまり、面、胴、小手、垂という基本形が生まれ、藍染め生地が主に使われるようになった。
「その後はほとんど変わっていないので、本当に昔の人の考えには感心させられます。特に藍は汗に強く、抗菌や防虫効果もありますからね」

その基本を崩すと、邪道となってしまい、剣道具としては受け入れられない。同社には、父である先代の徳芳氏が残した昭和初期の剣道具やその寸法書が残っている。

しかも、それらをつくるのは非常に手間がかかり難しい。例えば胴。まず12mmの厚さと幅の竹を62本(2本は予備) つくり、それを曲げて高熱で乾燥させて合わせ、角度を決めながら60本の竹をツルでつなげて胴の形に仕上げていく。
その上に、何度も漆塗りを重ねるという気の長い工程を経て、胴台(胴の下の部分)が出来上がる。
「竹刀を製作するにおいても、竹の選別から4枚の竹を合わせる作業、そして竹刀として完成させる工程まで、すべてがきめ細かい技術(匠)の世界なのです。面や小手づくりについても同様で、本当に根気と数多くのノウハウが必要なんです」と説明する。

特に同社は手づくりの高級品にこだわっており、最高級防具セットだと、一式150万~200万円もする。

新素材の人工筋肉を 業界で初めて応用

いずれにしても、こうした匠の技を駆使した丁寧な製品づくりが世界中の剣道家から評価されているわけだが、廣野社長によるとそればかりではない理由も見えてくる。
「大事なのは伝統を受け継ぎながら、その時代に合わせて新しいものを取り入れ、使いやすいものを開発してきたことが大きい」

その端的な例が面だ。面は大切な頭部を保護する役目を果たしているが、打たれるとやはり痛い。そこで、衝撃を吸収するソルポセインを使った面を開発した。これは人工筋肉と呼ばれ、固体でありながら液体のように作用し、縦方向の衝撃を横方向へ立体的に拡散する素材。その衝撃吸収率は94%を超え、医療や工業分野などで高い評価を得ている。
「たまたま新聞で、ソルポセインの記事を見つけ、応用できると直感したんです」

実は廣野社長は大学時代、応用化学を専攻し、化学会社で研究者になろうと考えたこともあったほどで、とりわけ化学に明るかったのである。ソルポセイン入りの面づくりでは、大学時代に勉強したことがずいぶん役立ったそうだ。これは小手にも応用され、今では警察関係を中心に多くの人がソルポ防具を使っている。

そのほか、面金にチタンを使うことも業界に先駆けて行った。それまでは鉄や真鍮が主に使われていたが、それだと重くて頚椎に負担が掛かることが多かった。しかし、軽くすればするほどいいかという と、そうでもなく、衝撃の吸収力や耐久性が劣ってしまう。

何とかできないかと長いこと考えていた廣野社長は、あるとき新聞で軽くて丈夫なチタンを知り、利用することにしたわけだ。それをきっかけにチタンの面が一気に普及したそうだ。

また、けいこ中に大量の汗をかくため、どうしても剣道具が汗臭くなってしまう問題があった。そこで、消臭加工も真っ先に始めている。

このように、使用者のことを考えて、剣道具の伝統を守りながら次から次へと改良している。この秋にも、従来品より握りやすい小手と動きやすい垂を発売する。

同社が今日、業界で確固たる地位を築いているのもこうした努力の結果といえよう。同時に、剣道を通じて青少年や一般人の国際交流を図り、世界のユーザーに同社の製品が愛用されるように努めている。

昭和40年、先代の逝去によって跡を継いだ廣野社長は、近々、会長に退く予定だが、「これからも武道を極める人のために、使いやすい防具をつくり続けていく。そして匠のナンバーワンであり続け、それを誇りにしていきたい」と力強く語る。

(文・山田清志)